上海の販促ソリューションに見るKISS

KISSというのは、”Keep It Simple, Stupid”のことで、ウィキによれば「シンプルにしておけ!この間抜け」ということの様。”Keep It Short and Simple”という解釈もあるらしいですが、いずれにせよシンプルであることの重要性を伝える表現です。

最近、高機能のスマートフォンを使った様々なO2O型の販促ソリューションが現れています。
GPSの位置情報に基づいてクーポンを出したり、Wifiを使って来店を認識する等々。

こうしたソリューションは、従来難しかった様々な販促活動を可能にする仕組みなのですが、ユーザーの立場で考えた場合、利用する必然性、使いやすさといったものがシンプルに実現できていない様に感じます。
そこが新しい販促ソリューションが一般に拡大しない大きな理由ではないでしょうか?

開発する側にすれば、アプリをダウンロードして利用することなど当たり前の大前提ですが、ユーザーからすれば、

①アプリのことを知り興味を持つ
→②アプリストアで検索→アプリをダウンロード
→③実行して初期登録を実施

といった複数のプロセスを経なければなりません。

この①から③のプロセスを実行するのに時間が掛かるので、その間にジャマが入ったり、回線が切れることも十分に有り得ます。
また、①で名前を憶えられなかったり、②で検索が面倒だったり検索してもきちんと表示されなかったり、③のプロセスが煩雑であったり… と①から③のプロセスを完了するためには、数々のハードルが存在するので、「当たり前の大前提」が崩れることも多々あるわけです。

私もそうしたソリューションを開発する側の人間であり、上記の様な悩ましい課題をクリアすべく、日夜取りサービス開発に組んでいます。

そんな私が仕事の都合で上海へ出張する機会が増え、興味深い販促ソリューションをいくつか見つけたのですが、そのうちの2つがKISSの観点から非常に面白かったので紹介させていただきます。

 
 
◆RFIDタグを使ったクーポン販促ソリューション「VELO」 http://velo.com.cn/

 

 
最近、日本ではあまり見かけなくなった携帯クリーナーの様な小さなアクセサリにRFIDタグを埋め込んでユーザーのIDとし、このアクセサリを駅にある専用端末にかざして店舗を選ぶと端末からクーポンが紙で打ち出されるというサービスです。

このアクセサリは、ウェブ・サイト、体験店舗、ローソンやファミリーマートといったコンビニで購入でき、登録もシンプルで特定の電話番号にSMSを送るだけです。
 

 
現在、登録者数は上海と北京を中心に660万人、上海と北京でクーポン端末は2,000台を超える模様。中国の人口を考えると規模が小さいですが、地下鉄周辺ということで考えればそれなりの規模だと感じます。

実際に夕方の駅で見ていると、クーポン端末の所に短い行列が時々できていて、上海の消費者に実際に受け入れられていることが分かりましたし、現地のスタッフに聞いてもVELOはとてもポピュラーな仕組みの様でした。

クーポンを利用できる店舗は、ファーストフード・チェーン、アパレル、語学学校、映画館など幅広く、さらには日本企業も中国人観光客向けに広告出稿を始めています。
「ビッグカメラ」、「ベスト電器」、「マルイ」、「東急ハンズ」、「大丸」などが旅行前の現地でのクーポン発行に取り組んでいます。

ビジネスモデルを考えると、端末を設置して運営しなければならないため投資面での大きな負担はありますが、幅広いユーザー層に日常的に使ってもらえる、店舗としても紙のクーポンであるため処理しやすい、というメリットは大きいでしょう。

また、聞いた所によるとVELO端末は待ち合わせの場所として使われることもあるそうです。
そういった端末とユーザーの関係ができてくれば、そこから広告などの新しい事業機会が生まれる可能性もあります。

このご時世、新しいサービスを立ち上げる際にはスモール・スタートが歓迎される風潮はありますが、シンプルさを実現できず、十分なユーザー価値が生めない様ではサービスとして意味がないという厳しい視点も必要かも知れません。
 


 

【実際の利用イメージの動画】

 
 
◆タクシー内のサイネージ「touchmedia」 http://www.touchmedia.cn/

 

 
日本では過去から取り組まれてきたサービスで、最近では「タクシーちゃんねる」という企業がサービスを展開しており、時々搭載車を見かけます。

touchmedia は上海地域を中心にタクシー内のサイネージを大規模に展開しているサービスです。
私の体感値では上海のタクシーの8割程度は、助手席ヘッドレストにこのサイネージを搭載しています。

日本と比較した場合、サービスの最大の違いはコンテンツにあります。

日本ではタクシーに乗るユーザーの事を考えてオリジナルなコンテンツを作り合間にCMを入れたり、インフォマーシャルを作ったりしています。
touchmedia は、そこがKISSでアイキャッチの良い15秒CMを10本ほど、ひたすらループさせているのです(タッチパネルで見たいCMにジャンプも可能)。

 

 
果たして、どちらのコンテンツのユーザー価値が高いと言えるでしょうか?

ここは、やや突っ込んだ洞察が必要な所です。
日本のサービスの様にユーザーの事を思い、ユーザーのための情報提供を考えるということはマーケティングの定石です。

一方、タクシーに乗るユーザーはタクシーに何を期待しているでしょう?
みなさんの経験を振り返っていただきたいのですが、タクシーに乗ると、仕事仲間と打ち合わせたり、資料を修正したり、短い睡眠を取ったり、結構あれこれ忙しいのではないでしょうか。
そういった状況で「あなたにぴったり…」と情報提供をされても、あまり興味を持てない様に思います。

Touchmedia はそういったタクシーの乗車時間に、ジャマにならないリフレッシュメントを提供しているだけなのです。
それが広告スポンサーとユーザーの程よい距離感を実現し、確かなユーザー価値とスポンサー価値を生んでいるのだろうと考えます。

私も上海で日に何回か移動するタクシーの中で、サロンパスやコカコーラの広告をすっかり擦り込まれてしまいました(笑)
 

【実際の利用イメージの動画】

 
最後に、KISSが言われ始める遙か昔のレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を。

 
「単純であることは究極の洗練だ」

 

※本稿は、ビートレンド株式会社のクライアント向けメールマガジンで2013年2月に配信されたものです。